いやぁ、うまい。実に面白い。
映画の「しゃべれども しゃべれども」が思いのほかよかったので、その帰りに原作を買って帰ったんです。
新宿駅から中央線の通勤特快に乗って読み始めたら、立川で降りるはずが気がついたら八王子だったというくらいのめりこんでしまう面白さ。
これが終電じゃなくて良かった、ほんとに。
面白すぎる本は危険だ。
地味な話なんです。
前回、映画のほうで話したから同じ説明になるけれど、しゃべるのが苦手で、世間とうまく折り合っていけない人たちと、スランプに喘いでいる二つ目の落語家がじたばたしてる話。
なのになんで面白いのかというと、やはり登場人物がきちんと描かれていること。
主人公の古今亭三つ葉、その生徒の十河五月、綾丸良、村林優、湯河原太一はもちろんのこと、三つ葉の祖母や、師匠の小三文、などの脇役にいたるまで、生き生きと描かれているのである。
つい最近映画を観たばかりというのも影響して、登場人物たちの顔や声が脳裏に浮かんでくるし、場面の情景もありありと目に浮かぶ。
小説だと三つ葉の一人称で話が進んでいくので、面白いことに国分太一さんの顔はあまり思い浮かばない。
当然、映画は約二時間という時間の縛りがあるので、あちこちカットしたり、縮めたり、重ね合わせたりされてるわけですが、十二分に原作の面白さやよさを表現しきっているように思いました。
原作を読んでみると、映画でははっきりと言葉にされていない思いや、カットされたエピソードなどが補完されていくわけで、読みながら、映画を思い出しながらといい楽しみ方ができました。
そういう面でも、映画と原作が良い関係を保っているなと思いました。
話が少しそれましたが、面白い理由は登場人物の造形だけにあるわけではありません。
心理描写もまた秀逸です。
主要登場人物5人のうち、3人は会話に難のあるキャラクターなので、そうべらべらと自分の思っていることを話してはくれません。
そのぶん彼らの表情やしぐさや行動で描いていかなければらならない。
かなり難度の高い設定ですね。
でも、だからこそあまりしゃべらない彼らに気持ちが近づいていく。
語り手が噺家の三つ葉だというのもまたうまいところで、ちょっと短期で単純な三つ葉の軽快な語り口がテンポがよくて、読み手としても気持ちいいテンポで読み進んでしまうのです。
僕もしゃべるのが苦手な側の人間なので、十河あたりと自分とを少し重ね合わせてしまうのですが、そういう自分を代弁してくれているキャラクターがいるというのものめりこんだ理由のひとつでしょうね。
だから、ラストシーンで十河が自分の気持ちを吐露している場面を読んでいると、まったく、やれやれ、とちょっとブルーな気分になってしまうのです。
もっとも、そういうふうに気持ちがざわざわするのも読書の面白さ、楽しみなのですが。












